学生たちから体調について相談を受けるたびに、彼らが身体を犠牲にしてまで何かをする態度を疑問に思います。寝不足になるまで机の前に座っていれば、肩が凝るのは当たり前ですし、慢性化すれば、食欲は損なわれます。

学校の性質上、課題が多くて間に合わないというのを理由にして無理を続ける様子は、まるでブラック企業にでも勤めているかのようです。考えれば理解できるといいつつ、目の前の障害に真正面からぶつかっているのを見ると、知性を疑ってしまうのですが。

健康に対して厳しい態度を取る時代だともいえるでしょう。筋肉を断裂させることによって筋肉を太く育てる、足腰が立たなくなるまで、特訓する。熱を出していても冷たい海に飛び込ませる。旧態依然として、根性論は現役を続けているように見えます。

学生に限らず、会社でも同じような要求を社員に突きつけているようですし、家庭でも両親が揃って子供たちの能力を高めるために、要求に従うことを強要しているとも聞きます。これらのことを考えると、問題は社会全体の規模だと思えるのです。

身体を消耗し続ける日々を頑張る方法など、ありません。昔の仙人も同様の意見を主張したそうです。身体が壊れるまで頑張り続けて健康になれるはずはないからです。身体を顧みない社会的風潮にとっても意味があるだろう卦をご紹介しましょう。

上卦は陰陰陰で地を象徴して、坤(こん)卦になっています。坤は地として理解される他、力がない状態を意味し、あるいは従う態度を意味します。建設的な意味を担う時は、母が象徴するように生産力を担うものと考えられます。

下卦は陰陰陽で雷の象徴で、震(しん)卦になっている。雷は天にあって陽のエネルギーを代表します。上下の卦を合わせて、地雷復(ふく)卦という名前で呼ばれます。一陽来復といって春を表す言葉も残っているのは、この卦のためです。

復卦は冬から夏に戻る春のように、順陰の坤為地から再び純陽の乾為天へと戻る最初だとされています。この順番で卦が変化するので、復卦は十二消長卦という特別なグループの最初に位置づけられる吉卦です。

この卦の形から、下卦の自分が動けば、上卦の相手が順(したが)う様子とも読めます。下卦には上昇エネルギーがあり、上に向かって力強く働きかけます。上の陰卦は力を無くした身体を意味するとも理解できるので、弱った身体の回復を意味します。

テキストには過ちがあれば、速やかに改めて本道に復(かえ)る大切さを説かれています。復は帰る意味であり、どこかで帰るべきところがあると儒教的に考えるのですね。

確かに無理をするのは、本道ではありません。活動の本道は連綿と日々の活動を積み上げることだからです。倒れるまで無理をしても大丈夫と思っているのは、既に本道を外れている状況にあります。

少し疲れたら少し休むのが上策です。もう少しだけと、無理するのが快感になっていた時代もあり、他人に説教をする立場ではありませんが、決して賢明な行動ではなかったといわなければなりません。

この卦を見ながら、休みと前進のインターバルを再確認してみると良いかも知れませんね。周囲に頑張り屋さんがいたりすると、つい無意識にペースを合わせてしまいかねません。自分が取り残されるといった不安があったり、自分が周囲の荷物になっているのではないかという疑念も生じます。

しかし、周りに流されてしまうと健康を損ねる。自分のペースを守るのが大切な本道なのです。人間の身体にメータはついていないのですから、自分の頑張りの限界を求めるのではなく、継続性を重要視する方が建設的です。本道を立ち帰る柔軟さが、健康も人生も建て上げるコツです。