今回紹介したいのは、「雷地予」という卦です。だいたいは倫理道徳を説くために用いられてきた易経なので、単に喜びを意味する卦が多くありません。それでも喜びに焦点を当てた数少ない卦の1つがこの雷地予なのです。

雷地予の上は陰−陰−陽。雷がシンボルです。雷は力やエネルギーを意味します。なので人物に当てはめれば、若い男性になったり、季節では春を指し示します。この力が上に出ている姿をしています。

下側は陰−陰−陰。地が意味する。形のみで考えれば、力ない状態ですが、地は柔らかくすべてを宿すという意味を同時に持ちます。そこから組み合わせによってとても良い意味を表すようになります。

昔から田に雷が落ちると豊作になるとされてきました。それが稲妻という言葉の由来だそうです。耕された地の上に雷ですから、ちょうど雷地予の元型イメージではないかと思えるのですが、いかがでしょうか。

実り間近の状態で周囲から祝福がやって来る形とも言えます。喜び多い記念日を迎えるための準備を整え終わった時などに、使用されると思わぬ効果があるかも知れませんね。

但し偶然には祝福と呪いとがあるものです。現代社会は合理性が支配的なので、すべて予定外の出来事は偶然だと理解しようとしますが、人間の認識はそのような単純なものではありません。だからこそ、気分が高揚したり、逆に沈んだりしてしまうのです。

偶発的に生じる出来事が、自分の都合に合っていれば祝福だと理解すべきで、喜べば良いのです。偶然だという理解をしてしまうと、その喜びが一気に色あせてしまうのではないでしょうか。喜びはそれでなくても少ないかも知れないのに、偶然なら今度はいつか分からなくなってしまいます。

逆に呪いは自分の都合にあわない出来事が偶発することになりますよね。これなら偶然だと考えても良さそうですが、どうやら人間は都合が悪い現象が起こる確率を実際より高く想定する傾向があるようで、余分に辛い思いをすることになりそうです。

雷地予は基本的に、純粋な喜びを期待する卦です。この卦を見る度に努力が報われて喜びがやってくると期待するようにしています。願い事が叶うのは命を長らえさせるとも言うからです。それを割り引いて考えるのは決して得にはならないでしょう。

元の意味を探ると十分な努力の後に訪れる喜びが予です。上海にある「予園」は喜びの園という意味ですね。すると予定はどのような意味であったのでしょうか。それだけで少し楽しくなってきてしまうようです。

ものの本によれば、下にあった力が、満を持して、発し出て地の上に奮う出世の形で、志を達する喜びが予だといいます。人間にとってもっとも辛いのは待つということではないかと思います。特に手応えがない状態で待つのは辛いように思います。

逆にすべてが努力と理性の結果だと信じるカップルであれば不要な卦かも知れません。そうでなければ、試してみる価値が十分にあるまじないの卦ですよね。是非これを上手に活用して頂きたいと思うのですが、いくつか用心するポイントがあるので、少しご紹介します。

用心を忘れてはいけないというのは言うまでもないかもしれません。いくら良いときであっても用心していなければ、足下をすくわれるような出来事に対処できなくなってしまいます。不測の事態への備えを欠かしてはいけません。

分不相応の喜びごとには気をつけなければなりません。時として分不相応の昇進を得たり、大抜擢されたりします。確かに喜び事なのですが、自分の努力や心がけの結果からあまりにも乖離していたならば、注意が必要です。ですから快楽におぼれず、いつも地を耕すように心がけるのが大切です。