普通は特定の願いがいつもあるわけじゃあないですよね?イベントに開店していると、無料という文字を見つけて多くの人が声を掛けてくれますが、何を見ますか?と問うとだんまりになっちゃう人が少なくありません。

何が見れますか?なんてある意味すごく失礼な問い返しをしてくる人も多いのです。内心はむっとしても、裏腹な笑顔で、何でも見させて頂きますよ、と応えるようにしています。結局はなんとなく運勢を全体的に知りたいというのが落ち着く先のようで。

問題があるわけじゃあないけど、運は良いのかしら?と言い替えるとなお、そのような人の気持ちに添うことができるかもしれません。自分の運が悪いから、こうなのかしらという不安を抱きながら生活をしているわけですね。

そんな人たちにお勧めしているのが、この火風鼎(てい)という卦なのです。この卦にはなんとなく他力本願的な要素を感じているなどというと他の先生方にしかられてしまうかも知れませんが、運も他力本願的な要素がないとは言えません。

上卦は陽−陰−陽で火を意味する離(り)卦、になっています。離卦は明るいことを一義にしており、そこから美人な女性だったり、手紙だったり、そして聡明さを意味したり魅力的な意味を持っています。

対する下卦は陽−陽−陰で風を意味する巽(そん)卦です。巽には従う意味や、入り込む性質があり、また行ったり来たりする迷いも示したりしますが、鼎の卦では少し違う意味を担当するようになっているのが、お気に入りのポイントなのです。

上下の形がかなえの形を表すとされてきました。卦を形の類推で意味をつけるというある意味トリッキーな解釈が施されているわけですね。またその読み方が不思議だったり、魅力的だったりして大好きなのです。

かなえは昔の足付き鍋のことでして、火に掛けるための足と持ち運びするための弦が付いています。見た感じでは相当な無理を強いられるイメージなのですが、そこがまた古人のイマジネーションを垣間見れて楽しい。

鍋とは、生では食べられないものを煮炊きして食べられるようにする道具です。不思議なもので、女性は鍋が好きだと聞きます。食事を作るための必須であったりします。また無人島でサバイバルをするなら鍋を持って行けと言ったりするようです。

上卦の離卦を明とし麗(つ)くとし、下卦の巽卦を従うとすれば、明者に麗き従う様子になります。自らの意思で従うところに巽卦のポイントが強調されます。この場合、明は明師という意味で良い先生という意味を持ちます。

同時に先生のポイントは鍋の弦にあります。鍋を下げるためには必ず取っ手が必要で、フランスのブランド鍋のように取っ手が取れたとしても、それは不要になるのではありません。先生は望みを叶えるためのポイントというわけです。

そもそも運の流れが思わしくないときは必ずあります。どれだけ運が良い人であっても、自分の思い通りにコトが運ばない時期があります。それを運が悪いと感じるのであれば、必ずすべての人が運悪いと思うのは当然です。

そのような場合に運の良い人と交際することで運が開けると知っていると、必ず役に立つと思えます。勉強するなら、頭の良い友人を師にするのが鉄則です。どれだけ優秀な教師を探して来ても、優秀な友人一人に匹敵しません。

良い師を得るためには三年探せと先生は言ったのも思い出します。良い師が運を開くための第一歩だと昔教わりました。ついていない時ほど、そのような良い師と巡り会う可能性が高まります。

自分一人ではなく、周囲の運にも気を配ることで、運を良い方向に導けます。良くなるというなら、今の自分に固執しないことが大切なようです。