ビジネスや計画ごとの成功に至る道筋を明確に示す卦も大いに役立つはずです。周易にはそのためと思える卦があります。雷火豊(ほう)という名前がつけられています。豊は、大、盛大、という意です。

特に何もしないのに突然の幸運が舞い込むことは実際にあるものですが、それを期待して何もしないでいては、物事は思い通りにはなりません。また、焦りのためか、道を急ぎすぎては結果を損なってしまいます。

物事を当たり前に、予想通りに結実させるのは、難しい問題なのです。私たちには結末に至る筋道が見えておらず、時々の選択肢も明確ではないのも普通のことだからです。時として好ましい選択が目の前に示されて方針を転換する場合もあります。

方針転換の結果、事業の全体が転覆してしまう目に遭うこともありますが、逆に必要な方針転換ができずに、そのまま暗礁に乗り上げてしまう悲劇にも見舞われることも少なくありません。そのような事態を認識する度に、私たちは確かな方針を求めるのではないでしょうか。

予祝は単に幸運を招くおまじないだというだけではありません。予祝は私たちの潜在意識に働きかけて、幸運の道筋を見分ける手伝いをします。卦の中に結果と要諦を同時に表せるのは、東洋のシンボリズムの特徴だとも言えるでしょう。

上卦は陰−陰−陽の震卦で動くエネルギーを表しています。震卦は自然現象の雷を意味するとされています。しかし、同時に雷によって連想されるさまざまなイメージを指し示します。それらの周辺イメージをまとめると、動くエネルギーを適当な代表的ニュアンスだと考えられます。

震を動くとすれば、上卦にエネルギーが溢れて、十分に活動する力をもっている様子を表しています。表面にまで達する力を蓄えている必要を説いているようにも見えます。ビジネスを前に進め、事業を推進する力は表面的なものではいけませんね。

対する下卦は陽−陰−陽の「離」(り)を明と考えます。離は自然現象の火を中心的なイメージとして持っています。中心は虚になって周辺に対して強い力を発揮します。人に当てはめるならば、美人な女性だと言われますので、そこには魅力という力も付け加えられているようです。

この場合、離を太陽ととらえて上卦の雷と応答させて理解することになるでしょう。離は美しい火であり、火の代表格が太陽にほかなりません。もちろんその他にも火を連想させるすべてのものに対応させることが可能でしょう。例えば、テレビとか、舞台とかなどは頻繁に用いられるイメージです。

離を明とし智と考えることになるのは必然です。私たちの認識の枠組みを観察すれば、これらのものが同じ枠に収まっているのを見いだします。明らかにものを言う人に智を見いだすといった具合に、それらのイメージは互いに密接に関連しています。

すると明らかにして動く様子、明らかにして動くときには、その事は盛んにして大なるに至ると全体を読み取ることができます。あるいは太陽が動きながら天下を照らし臨み、その光明盛大を表現していると考えるのもよいかもしれませんね。

ただ、志気を高ぶらせ傲慢な態度や、残忍酷烈な心を避ける心がけを忘れてはいけません。物事が上首尾に進んでいると、人間はつい我を見失います。つまり、人を見下したり、支配的な態度を取ったりしがちです。これは誰にでも潜む人間の本質的性質です。

結果、誰一人として親しみを感じて助ける者はいなくなります。これが孤独というもの。この卦のスローガンに含まれている要諦は、キーマンの心に通じさせて、孚(まこと)を豊かに表していれば良いというものです。決断の時に誤らないためには孚を意識するのが大切ですね。